2016年9月14日水曜日

「獣の奏者(1)~(4)」上橋菜穂子 (講談社 青い鳥文庫)

獣の奏者(1)

あらすじ

物心もつかない年頃の少女エリンは、真王(ヨジェ)が治めるリョザ神王国の闘蛇村で暮らし、幸せな日々を送っていた。
だが大公(アルハン)の闘蛇を死なせた罪に問われた母との別れを境に、その幸せな日々は終わりを告げた。

エリンは母の決死の術によって死地を逃れた後、蜂飼いのジョウンに拾われて九死に一生を得る。
その後エリンは生き物の不思議さに興味を覚え、またジョウンもエリンのその才能に思うところがあって、王獣学舎の長となっている旧友のエサルに彼女を託す。

ある日見た王獣の魅力を忘れられずにいたエリンは、母と同じ獣ノ医術師を目指す。
野生の王獣と心を通わせることのできる少女エリンの数奇な運命の物語が幕を開ける。

今回読んだ上橋菜穂子さんの「獣の奏者」は青い鳥文庫の(1)~(4)までで、これらは現在、講談社文庫から出ている「闘蛇編」と「王獣編」に相当する部分である。
ジャンルは児童文学ということもあり、話の筋はシンプルで子供向けではあるものの、使用される言葉遣いは若干子供向けとは言い難い。

作品の出来としては先に読んだ「精霊の守り人」よりも、主人公に親近感が持てて読みやすい。
これは主人公が幼い少女であるということが深く関係しているのかもしれない。
見知った少女の成長を見守るような気持ちで、話の続きを読みたくなる。
テレビでモモクロのメンバーを見る時、姪っ子の活躍を見るような気持ちになるのと近いのかもしれない。

2016年9月8日木曜日

「満願」米澤穂信 (新潮社)

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日常と地続きの、ゾッとさせる怖さがある。
何かが「日常」に潜んでいるわけではない。
「日常」そのものが実は得体の知れない「非日常」である。
だが私たちは「日常」という言葉を使ってその現実から目を背け、非日常的な日々を何となく過ごしているだけにすぎない。
灰原はこの「満願」を読んで、そんな思いを抱いていた。

夜警

あらすじ

小心者の新米警官が自分の不始末を隠蔽しようとある事件を画策する。
だがその事件が仇となり、その新米警官は命を落とすことになる。
先輩警官の柳岡は新米警官の犯した不始末が何だったのか、そしてその隠ぺいのために画策された事件のあらましを憶測する。
だがそれを知ったところで、柳岡はどうするということもない。
その胸中に思うことは何なのか。

警官としてどうこうという話ではない。
人が他者に接する時、現在多くの場合このような振る舞いをするのではないか。
特殊な事例ではなく、世間にありふれた話であるはずなのに、そのありふれた「日常」に怖さを感じる。
人付き合いの苦手な灰原にとって、ここに描かれた人々の姿は決して他人事ではない。
だが他人事ではないからこそ、灰原はますます人との関わりを避けようとも思うのだった。

2016年9月6日火曜日

「別冊図書館戦争2」有川浩 (角川文庫)

灰原は思った。
いないなら、自分がそのあほっぽい女になればいいんじゃないか?
はるのっち誕生の瞬間である。

しかしこの時、灰原は一つの大きな誤算に気付いていなかった。
自分がはるのっちになれたとして、「図書館戦争」の堂上と郁のような恋愛ができるわけではないということに。

当然だが、自分がはるのっち役をしたならば、一体誰が灰原役をするというのか。
一人では帰宅後、プロレスごっこでじゃれ合う堂上と郁みたいな恋愛ができるわけがない。
そう。一人では何もできないのだ。
そのことに灰原は気付いていなかった。
つまりバカである。