2014年11月24日月曜日

「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦 (角川文庫)



 この本を読んで、私は大学時代に経験した、いろいろなことを思い出しました。何を隠そう、私には大学に通うために京都で一人暮らしを始め、後に十年を越えて彼の地に住み続けた経験があるのです。その上で、実によく京都の町とそこに生きる人々が描かれた作品だと思いました。

 私が京都にいた時も李白のような人物がいて、当時の私は飲み比べでよく負かされておりました。古本市には出掛けたことはありません。ですが、そこで催される希少本を巡る熱い戦いの噂はかねがね耳にしていました。ですので、なるほど、このようにしてみんなは希少本を手に入れていたのかと、その実情を垣間見た思いです。

 私の通った大学は京都大学ではありませんでしたが、やはり学園祭というものはどこも似たり寄ったりで同じようですね。こんな混沌とした学園祭は、現実的にありえないのではなかろうかと危惧したほどでしたので、少し安心しました。

 主な登場人物たちも恐らくモデルがいるのではないでしょうか。その中には、もしかすると私もどこかで出会っている人もいるかもしれません。木屋町で飲んでいる時に、よくふわふわ浮き上がっている浴衣の人物を見掛けたような気がします。またお酒の勢いなのか酔った振りなのか、女性のおっぱいを揉みしだくような中年男性もしばしば見掛けました。

 そうです。何を隠そう、京都にいた頃の私は、黒髪の乙女が大人の世界と憧れ、飛び込んだ夜の世界の住人だったのです。本当に毎夜、お酒の勢いを借りた百鬼夜行が繰り広げられたものです。


 ただこの作品の嘘っぽいところを挙げるなら、それは黒髪の乙女の存在でしょうか。私はあんなに可愛らしい子に出会った覚えがありません。どれくらい酒を飲むのかと訊かれ、むんと胸を張って「そこにお酒のある限り」と答える場面の何と愛らしいことか。揉まれる程度の大きさはあるとはいえ、胸を張れるほどなのかどうか甚だ怪しいというのに、自信をもって胸を張るなんて、素晴らしいではありませんか。ビバ、おっぱい。

 ですが、やはり京都で彼女のような女性にお会いした記憶はまったくありません。こんなにも可愛い女性なら、一度会えば忘れるはずがありません。ということは、黒髪の乙女は作者の想像上の女性なのでしょう。そこが堪らなく残念で仕方ありません。
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