2013年9月9日月曜日

「厭な小説」京極夏彦 (祥伝社文庫)


あらすじ
カウンターに突っ伏した深谷は、酒のせいもあり呂律が回っていなかった。
「それは深谷君のせいじゃありません、あなたのおつむがお悪いんじゃないですか、 会社を思うならあんたが辞めろって、あの場で言ってくれればよかったじゃねえか」

馬鹿で無能な上司・亀井に対しての愚痴をこぼしていたはずだったのが、いつの間にか矛先が自分の方に向けられて高部は不快な気分になる。

――人の苦労も知らないで。
そんな不快な気分のまま帰宅し、玄関を開けると見知らぬ子供が立っていた。
何だか
――厭な子供だ。

「厭な子供」「厭な老人」「厭な扉」「厭な先祖」「厭な彼女」「厭な家」「厭な小説」
登場人物たちに次々と厭なことが起きる、七篇からなる厭な連作小説集。

 よくわからない。いや正確に言えばさっぱりわからない。いや、よくわからないから果たして「正確に」「わからない」と言えているのかすらも定かではない。
 理不尽とか不条理とか言うんだろうか。訳がわからない。訳がわからないから、先に進めばもう少し何かわかるかも知れないと読み進めてしまうのだが、やはりわからない。
 何なのだ、この小説は。


 いわゆる「世にも奇妙な物語」系の話ばかりなのですが、救いは一切ありません。ひたすら厭なことばかりが続きます。「厭なこと」の一つ一つは日常的によくある、どうでもいいような些細なことなのです。ですが、「厭な家」の殿村の台詞で言われてるように
「例えばその、鍵が開けにくいと腹を立てて玄関が狭いと文句を垂れて、そういう時に下駄箱に脛でもぶつけてみろ」
「それが毎日繰り返されたらどうだよ」

 いくら改善しても注意していたとしても、自分の意思とは無関係に厭なことが無限に繰り返されれば、どうでもいいような些細なことでも厭になります。
 そしてこの「厭な小説」に出てくる登場人物たちは、厭になって発狂したり自殺したり失踪するといった事態にまで発展していきます。

 あくまで作り話、「世にも奇妙な物語」系のお話だと言えばそうなんですが、恐らくそのような事態の実際の契機というのは、このようなどうでもいいような些細なことだったりするのではないでしょうか。

 ふと自分の周りをよくよく見渡してみると、どうでもいいような些細なことということで、普段はそれらから目を逸らしたり忘れていたりするだけで、厭なこと、厭と感じることばかりで満ち溢れているような気がします。
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