2013年9月5日木曜日

「覗き小平次」京極夏彦 (角川文庫)


あらすじ
木幡小平次は、生きながらにして死人のように辛気臭い。
役者であるが芝居が下手でどんな役も上手くこなせず、唯一幽霊役が絶品と評判ではあるが、それ以外はてんで話にならない。
家では口も利かず、女房が何をしようと見向きもしない。今では押入れに籠ったっきり、出てきもしない。連れ添って五年の女房に「死ねばいいのに」とまで罵られる始末である。
それでも小平次は、ただ押入れの中から、襖の隙間から見える世間をただ覗くだけだった。

 何の前情報もなく読んでみましたが、どいつもこいつもろくでなしですっきりしません。小平次のような動きのない人物を中心に据えて、話がどう展開するというのか序盤から不安な気持ちになりました。

 「巷説百物語」シリーズに登場する事触れの治平が出てきますが、そもそも治平は「巷説百物語」シリーズでも地味な人物で、悪を倒すような大立ち回りは似合いません。又市に至っては名前だけが登場するような恰好でした。

 ぶっちゃけた話、小平次は最後まで何もしません。登場する悪党のほとんどは、いわば己の業のままに死を迎えます。
 誰も活躍しない。スカッとしない。でも悪党どもは死んでいく。何とも不思議な物語です。


 小平次が後に沈むことになってしまう沼の水辺で、彼が治平と言葉を交わす場面が個人的には気に入っています。
 以下は二人のやり取りや治平の独白などを読んでの私なりの解釈です。

 人は役者でなくとも常日頃から自身を演じ、己はこうだと語り、世間と己を騙して生きている。そういう意味では人は誰でも役者なのだとも言えるかもしれない。

 演じ、語り、騙すのが苦手な人間はどうなるのか。動かず、厚みを持たず、ただそこにいるだけの存在のようなものになってしまう。
 つまりそれが小平次ということか、と。

 京極氏の作品を私が好むのは、こういったところなんですよね。ただ物語るのではなく、ちょろっと人間の本質的な何かについて言及してくるところがいいですね。
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