2013年6月29日土曜日

「ラッシュライフ」伊坂幸太郎 (新潮文庫)


あらすじ
泥棒を生業とする黒澤、新興宗教信者の河原崎、不倫相手の妻を殺害しようと目論む京子、リストラにより無職となった豊田。

仙台の街を舞台に彼らは、人生のバトンを次々に手渡していく。

これは四人の主人公と彼らに絡む人々の、人生という名のリレーを描いた物語である。

「オーデュポンの祈り」に続く、伊坂氏の二作目です。
孤島を舞台とした前回とは打って変わって、今回は仙台の街を舞台にまたもや「神様のレシピ」によって生まれた事件が次々と起こります。

まさに騙し絵のような見事な群像小説です。
時系列をずらして描かれる話は何度か読んでいますが、ラッシュライフは構成が実に巧妙です。


内容的には特に感動するというお話ではありませんが、小さな気付きが散りばめられ、それを目にする度に少し考えさせられます。
それは本当に他愛もない、小さなこと、当たり前のようなことなのですが、人と人との繋がりであったり、思い遣りや人としての尊厳であったりします。

そして今回も名言が出てきました。

「人生については誰もがアマチュアなんだよ。そうだろ? 誰だって初参加なんだ」

と黒澤が佐々岡に語る件が心に響きます。
私も新人らしく失敗を恐れず、人生をプレーしたいものです。

2013年6月15日土曜日

「高野聖」泉鏡花 (集英社文庫)



 集英社から出版されている「高野聖」を読了しました。表題作を含む五篇からなる短編集です。
 いわゆる俗っぽい怪談小説を期待してたんですが、実際には幻想小説といった内容でした。もしかすると読む人によっては怖いと感じるかもしれませんが、基本的には怖い話はありません。

 「星あかり」と「海の使者」は登場人物が一人で、ひたすら妄想の類を膨らませるような話で、必然的に話自体は膨らみません。

 表題作の「高野聖」については、怪談的な怖さや不気味さよりも生理的な気持ち悪さを覚えます。 特に印象的なのは森の中で蛭に襲われる場面ですね。実際に蛭に吸い付かれた経験があるので、余計に気持ち悪く感じました。

 「眉かくしの霊」に至っては、もう何が怖いんだか全く分かりません。
 どちらかというと姦通事件の話に出てくる、婆さんや猟師、婆さんと暮らす嫁、そこに訪れる画師、これらの生身の登場人物たちの方がよほど怖いです。狂っているのにその自覚がない人間が一番怖いという思いが湧きました。


 この五篇では「外科室」が個人的には一番のお気に入りです。
 現実にはありえないことだとは思うのですが、青臭い私としてはありえないからこそ逆にそんな稀有なことがあって欲しいような気もする、そして少し残酷なお話です。

「外科室」あらすじ
医師・高峰は大きな手術の執刀を控えつつも、落ち着き払っていた。
外科室の手術台の上では、患者である伯爵夫人が手術のための麻酔を頑として拒む。
人に話せぬ秘め事を、麻酔によって自分が無意識の内に口走ってしまうことを恐れていた。
医師・高峰は彼女の意思を汲み、麻酔無しでの無謀な手術に挑むのだが、彼女の秘め事とは一体……?

2013年6月5日水曜日

「ゾウの時間 ネズミの時間」本川達雄 (中公新書)



 タイトルだけ見ると、まるで子供向けの絵本のように思ってしまうかもしれませんが、動物のデザインをサイズから考察・検証し、人間に理解できるものにする生物学の本です。
 数式なども出てきますが、分からなくても読み進めることができます。事実、算数や数学が苦手な私でも読了できましたので。

 サイズに応じて、生命を維持するのに必要なエネルギーが変わってくるのは、直感的に当然だと感じますが、ではなぜ生物がいろんなサイズやデザインなのか、となると不可解な迷路に迷い込みます。
 大きな生物の方が生存に有利なら、生物全てがなぜゾウのように大きくならないのか。逆に小さい方が有利なら、生物全て単細胞生物のままでいいはずなのに、です。

 また人間に必要なエネルギーとは、サイズに対して果たしてどのくらいのものなのか。現代日本で消費されているエネルギーは、果たしてサイズに見合った量なのであろうか。といった内容の話もあります。


 よくよく考えれば、例えば車という乗り物は本当に便利な乗り物と言えるのだろうか。そういうことを生物学の観点から、またエネルギーの観点から考察していくという切り口で、現代社会に疑問を投げ掛ける良書だと思います。

 ちなみに著者の本川達雄氏は生物学者とシンガーソングライターの肩書きを持っており、「歌う生物学者」としても知られているそうです。