2013年3月10日日曜日

「オーデュポンの祈り」伊坂幸太郎 (新潮文庫)



寓話のような、広義のミステリー小説です。
ミステリーと言えば、推理小説のことと考えるような頭の固い御仁の目には、不可解な物語として映ることでしょう。

ミステリー=推理小説と考える向きが強い中、デビュー作ということもあり、伊坂氏もその流れに逆らえなかった痕跡が窺えます。
一つは、誰がカカシを殺したのか? もう一つは、曽根川を殺したのは誰か? という二点において、推理小説的側面が強く出ています。

しかし推理小説かと思えば、一方で「悪党・城山」対「追われる伊藤」のサスペンス小説の一面があります。
またエピソード的に園山夫妻のヒューマンドラマもあります。
以降の伊坂作品の原型となる要素が盛り沢山です。


本作の最大のミステリーは、荻島と喋るカカシだと言えます。
いろいろな要素が詰まっている「オーデュボンの祈り」の中で、今回、私が目を付けたのは、このカカシと静香という女性です。生きていく上で、誰かに強く必要とされることが何より必要と考える静香と、一方、多くの人間に強く必要とされることに苦痛を感じ、生き続けることをやめるカカシ、という対照的な二つの存在です。

どちらの生き方、考え方も間違いとは言えず、むしろ真理だと感じます。
但し、この両者には一点、共通点があります。
それは両者ともに生きる理由あるいは意味を見出せずにいる、という点です。
もちろん、生に意味や理由は本来ないものだと私は考えます。
自ら意味付け、理由付けをした時にはじめて、生はその人にとっての意味や理由を備えるものです。
先に挙げた両者には、それがないのです。

あればいい、ある方が優れている、という訳ではありません。
ただ、なければ底なしの渇望、あるいは虚無感の中で生き続けることになり、そういう生き方はひたすら辛く苦しいものではないかと思うだけです。


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