2012年10月28日日曜日

「QED 百人一首の呪」高田崇史 (講談社文庫)


あらすじ
サカキ・トレーディング社長・真榊大陸が自宅で殺された!
彼は百人一首の非常に熱心な蒐集家であったが、その死体には一枚の札が握られていた!
関係者には皆アリバイがある!
手掛かりは握られていた札のみ!
だがダイイングメッセージとして読み解こうとすればするほど犯人がわからなくなる!
事件の真相は解き明かされるのか!?

 主人公の桑原崇が百人一首の薀蓄を垂れ流す様は、京極堂が関口に寺社仏閣についての薀蓄を聞かせる様子と似ている気がするのですが、なぜこうも別物になるのでしょうか。

 私としては古文の類は嫌いではありませんが、殊更好きというわけでもありません。そんな私がいくら百人一首について語られても、興味は湧かないのです。
 その辺りのことを読者に興味を持たせて、話に引き込ませることができているのが京極堂であり、できてないのが本作だと考えると納得しやすいかもしれません。


 とにかく退屈なんです。さらにもっと言えば、百人一首の謎とアリバイの謎は無関係なので、百人一首の謎を説く必要がそもそもないんです。
 アリバイの謎だけに注目すれば事足りるのに、無駄に百人一首の薀蓄を聞かされる羽目になります。

 百人一首の謎を解くことでわかることと言えば、真榊大輔がなぜ百人一首を病的に集めていたのか、また子供たちを自分の指示通りの場所に住まわせたのか、という事件の謎そのものとは全く関係のない部分です。
 著者の百人一首についての見解を、主人公に説明させるためだけの小説になってしまっていると言わざるを得ません。

2012年10月21日日曜日

「敦煌」井上靖 (新潮文庫)


あらすじ
西紀1026年の春のことであった。 進士の試験を受けるため開封の都へと上ってきた趙行徳だったが、係官に呼ばれるまでただ待つ退屈な時間の内に、知らず睡魔に襲われ、そのまま寝過ごし、挙句に試験をふいにしてしまう。
絶望に打ちひしがれたまま街を行く彼が目にしたものは、西夏人の女が全裸にされ売り出されている姿だった。
行徳は女を買い取ることで救ってやるのだが、その時に女に手渡された一枚の布片に認められてあった異様な形の文字が、彼のその後の運命を変えていくことになるのだった。

二十世紀になってはじめて姿を現した経巻類の史料を元に、井上靖氏が想像の限りを尽くして描いた壮大な歴史ロマンです。
勢い盛んな西夏、その西夏によって滅ぼされた敦煌の町、またそこに絡む史実の人物達、それらの間を架空の登場人物たち(趙行徳・朱王礼・尉遅光)が行き交うことで繋ぎ合わされ、物語が紡がれていきます。

試験に失敗し打ちひしがれた気持ちの趙行徳は、その後流されるまま西夏の兵となり、西域に生きるようになります。
挫折と惰性。現代に生きる人たちも決して無関係とは思えない生涯ではないでしょうか。

そんな彼も最期を覚悟した時には、自分が為すべきことを見出します。
結果的にその歴史的価値は大きく評価されることになりましたが、彼自身は決して偉業を為そうと意図していたわけではなかったはずです。
これまで流れのままに流されて生きてきた自分の生涯を振り返り、いずれ名前も存在すらも儚く消えてゆく我が身に思いを巡らした時、今できることで自分の生きた証のようなものを残したいと考えたのではないでしょうか。
これから生まれ来て、若き日の自分と同じように知識を求める人たちに何かを残したい。
ですが敵の迫る中、彼にできることはあまりにも限られています。
そうして彼は経巻類を隠すという小さな、ですが決して無価値ではない作業に至るわけです。


人はいずれ亡くなります。いつか必ず、遅かれ早かれ亡くなります。
例えば病気や老衰でなくとも、事故などで若くして突然生涯を終えてしまう可能性だって十分にあります。
いつ死んでしまうのかなんて誰にもわかりません。
そう考えると大切なのは、生きた時間の長さではないと思います。
生という限られた時間の中で何を為し、残そうとしたのかということに、その意味や価値の一片が隠されているような気がします。

2012年10月15日月曜日

「黒蜥蜴と怪人二十面相」江戸川乱歩 (角川ホラー文庫)



 角川ホラー文庫から出版されている江戸川乱歩著「黒蜥蜴と怪人二十面相」を読了しました。
 書籍タイトルは「黒蜥蜴」と「怪人二十面相」の二作品を単純に一つにまとめただけなので、別に黒蜥蜴と怪人二十面相が同時に出てくる訳ではありません。「この1冊で二作品が読めるのか!」というお得感を出せるタイトルだったら、もっとよかったんですけどね。ちょっと残念な気がします。
「黒蜥蜴」あらすじ
「黒蜥蜴」は妖艶な美貌を持つ女盗賊である。したたかで抜け目なく大胆、時には惜しげもなく一糸まとわぬ美しい肢体を衆人環視に晒し、なまめかしい舞踏をも披露する。
そんな彼女の「黒蜥蜴」という呼び名は、左腕に這う蜥蜴の入墨がその所以であったが、美しいものに目がなく、美しいものであれば宝石でも絵画でも彫刻でも、いやたとえそれが生きた人間であっても手に入れようとする狂気も持ち合わせており、「黒蜥蜴」という不気味に思える呼び名も満更的外れというわけでもなかった。
暗黒街の女王「黒蜥蜴」が今回挑戦状を叩き付けた相手こそ、稀代の名探偵・明智小五郎である。
果たして最大最貴のダイヤモンド「エジプトの星」を、明智小五郎は「黒蜥蜴」の魔手から守りきれるのか。
「怪人二十面相」あらすじ
怪人二十面相と呼ばれる謎の怪盗が次々と犯行予告状を送りつけてくる。
羽柴家の仏像、日下部邸の古画、そして帝国博物館の全ての美術品と狙っているものが何かを隠そうともしない。
明智小五郎とその助手・小林少年が怪人二十面相に挑む!


 江戸川乱歩と言えば、おなじみの明智小五郎ですが、素人探偵だった頃の彼とは違い、今や名探偵として名を馳せている明智小五郎の活躍を描くお話です。

 「怪人二十面相」は子供向けに書かれたのか、読んでて「そんなバカな」と苦笑いしてしまう場面もしばしばです。後々、読書好きの小学生に大人気となる「少年探偵団」のまさに結成当初の様子を、本書で垣間見ることができるのは面白いですね。私も読んでいる途中で「そういえば小林少年っていたなぁ」などと、つい懐かしく思いました。

 個人的には「黒蜥蜴」の方が面白く感じました。特に冒頭の「黒蜥蜴」の登場シーンはいいですね。宝石だけを身につけて裸で踊るところなんて、結構エロイです。
 露出狂ですね。わかります。

 そんなビッチな「黒蜥蜴」が明智小五郎に恋心を抱くシーンなどは、彼女の乙女振りに驚かされたりもし、明智小五郎も満更でもなさそうなのがまた面白さを増していると思いました。
 犯人が誰か最初から分かっていますから、推理小説というよりも犯罪小説や冒険小説に近いとは思います。またトリックの類もかなり幼稚に思えるところがありますが、日本の推理小説の祖ということで、そこは寛大な目で評価したいと思います。

2012年10月8日月曜日

「ハンガーゲーム」スーザン・コリンズ (文庫ダ・ヴィンチ)


あらすじ
文明崩壊後の北アメリカに位置する国家パネム。
この国は中央にキャピトルと呼ばれる都市があり、そこに住む一部の富裕層の人間によって統治され、キャピトルの周囲には、貧困に喘ぐ12の隷属地区があり、いずれもキャピトルの統制下にあった。

かつてキャピトルに対して叛乱を企てた第13地区は壊滅に追い込まれ、以後、その制裁とキャピトルの絶対的な支配力の誇示として、年に1度の忌まわしいイベント「ハンガーゲーム」が催されることとなった。

「ハンガーゲーム」とは、キャピトルが監視する過酷な自然環境の中、最後の一人になるまで参加者たちが殺し合う、生き残りゲームのことである。そして「贄 (いけにえ)」と呼ばれるゲーム参加者たちは、12の各地区に住む12歳から18歳までの男女から1名ずつ、くじ引きによって無差別に選ばれた。

16歳の少女カットニス・エヴァディーンは、石炭が豊富な第12地区で母と妹と3人で細々と暮らしていた。
その年のハンガーゲームのくじ引きでは、不運にも彼女の妹プリムローズが選ばれたが、その身代わりとして、彼女はハンガーゲームへの参加を志願したのだった。

だが彼女が強豪ひしめくハンガーゲームに勝ち抜くこと、生き残ることは絶望的と言えた……。


 文明が崩壊した未来の世界という設定自体は嫌いではないのですが、主人公やその他の主人公を取り巻く人々があまりにも漫画やアニメのキャラクターたちのようでリアリティを感じられないところがあります。
 そのため、児童書のような小説になってしまっているのが残念です。アメリカの娯楽小説、エンターテイメントはこんなもんじゃないだろう! と声を大にして言いたくなります。

 日本の「バトルロワイヤル」という小説のパクリ疑惑の声もありますが、「ハンガーゲーム」の方は内容が完全に子供向けのようになってしまっているので、パクリですらない、と言えるかもしれません。

 これはこれでいいのかもしれませんが、できればもう少しリアリティと言いますか危機的状況に陥った人間の心理をより詳細に描写してくれれば、大人でも楽しめる小説になっただろうなぁ、という印象です。欲張りすぎでしょうか。