2012年7月30日月曜日

「Another」綾辻行人 (角川文庫)


あらすじ
転校してきた榊原恒一は、自分を取り巻くクラスの雰囲気に違和感を覚える。
不思議な存在感を放つ同級生、見崎鳴(ミサキ メイ)に惹かれる恒一。
接触を試みる恒一だったが、無視され続ける。
いや、ただ無視されているのではない。何かがおかしい。
そんな中、クラス委員長の桜木が凄惨な死を遂げた。
榊原恒一に見崎鳴が呟く。
「気をつけて。もう、始まってるかもしれない」
……一体何が始まっているというのか。
謎は深まるばかりだった。

 いわゆる学校の怪談話の類を題材に、本格推理とホラーを合体させたようなお話です。

 昔起きた事件を境に「当たり年」になってしまったそのクラスでは、いるはずのない者が紛れ込み、1人増えます。
 「当たり年」かどうかは新学期のクラス編成時に、机が一組足りないという事件が必ず起きるので、それで判明しますが、いるはずのないその「誰か」が一体誰なのかは分かりません。
 「当たり年」の予兆があった時は、クラスの誰か1人をいないものとして1年間徹底的に無視し続け、クラスの人数を無理やりプラスマイナス0として一人増えていないことにすることで、この現象を未然に防ぐことができます。
 ですが何も知らない主人公が見崎鳴に話し掛けてしまうことで、その現象は始まってしまう、というわけです。これはこれでありで、面白いです。


 推理小説的な展開としては誰がその「いないはずの者」なのか、というところです。ホラー的な展開としては、理不尽にその現象は起きてしまい、次々と犠牲者ともいうべき死者が増えていくという点です。

 ホラーの部分はゾッとしていいんですが、推理小説的な部分については、綾辻氏の叙述トリックの手法はどうしても姑息という印象を持ってしまいます。

2012年7月26日木曜日

「駆込寺蔭始末」隆慶一郎 (光文社時代小説文庫)



 隆慶一郎氏の作品が好きな私は、悔しくて涙が出そうになりました。
 マンガの原作になった「一夢庵風流記」から氏の作品を読み始め、その他の作品も貪るように読みましたが、正直この「駆込寺陰始末」だけはどうにも好きになれません。氏の他の作品と仕上がりが違いすぎて、本当に同一人物が書いたものなのかと疑いたくなります。


 まず主人公に魅力が感じられないこと、ヒロインもキャラがいまいちなこと、話の筋もありきたりと数え上げるとキリがありません。氏のファンであるだけに、却ってこの作品だけは良い評価をしづらいです。

2012年7月23日月曜日

「魍魎の匣」京極夏彦 (講談社文庫)


あらすじ
柚木加奈子は何者かに背を押され、ホームに入ってくる列車に轢かれてしまった。
瀕死の重傷を負った加奈子はその後、運び込まれた病院で一命を取り留めるも、身動きすらままならない体で延命措置が続けられていた。
そしてそんな容態の加奈子が衆人環視同然の病室から忽然と姿を消してしまう。
時を前後して、少女の二の腕が、続いて箱詰めにされた両足が、それぞれ武蔵野と相模湖で発見されるという事件が起きていた。その後も同様にバラバラにされた少女の肢体が箱詰めにされた状態で発見されていく。
箱を祀り、魍魎を封じるという霊能者、箱詰めにされた少女の肢体、箱の中の少女の話を書く小説家、箱のような建物、箱のような顔をした刑事・木場。箱、箱、箱、箱、箱ばかりである。
魍魎とは何なのか。箱が意味するものは? 百鬼夜行シリーズ第2弾です。

 「魍魎の匣」は前作「姑獲鳥の夏」の理路整然とした展開に比べると、話の時系列が恣意的に前後して記述されてます。読みながら今現在読み進めているところが一体どのあたりなのか、常に把握していないと筋が見えなくなってしまいます。


 今回は京極堂ですら苦手とする妖怪「魍魎」が相手です。
 正体がはっきりしないのが「魍魎」。ゆえにいかに扱うべきかが分かりかねる、といった態です。構成や符合については、やはりさすがの京極氏です。

 「魍魎=人間」と置き換えて解釈するなら、曖昧なものに形を与える「箱」という概念は確かに興味深いです。後半、いろんなものが一気に繋がり始めると、どうにも「そんなご都合主義の探偵小説みたいな話があるかね」という感想が出てきますが、これも話作りの上手さゆえと解釈したいと思います。

2012年7月19日木曜日

「プラチナデータ」東野圭吾 (幻冬舎)


あらすじ
DNA捜査が導入され、警察による検挙率100%、冤罪率0%になった近未来の日本の物語。
警察庁特殊解析研究所所属の神楽龍平は、DNA捜査の優秀さに確固たる自信を持ち、積極的にその導入を推し進めていた。
ある日、DNA捜査システム開発における最重要人物、蓼科 早樹(たてしな さき)が殺害された。
DNA解析により、すぐに犯人を特定できると高を括っていた神楽龍平だったが、システムによってモニターに表示された人物は神楽龍平その人の顔と名前であった。
全く身に覚えのない神楽龍平であったが、今更になってシステムが出した答えを疑う者はいない。
こうして神楽龍平は容疑者として警察から追われる身となり、一人、事件の隠された真実を探ることになる。

 さすが東野圭吾氏、という感じの展開でぐいぐい読ませていく話でしたが、誰が主人公なのか、もう少しはっきりした視点で話を構成した方がよかったような気もします。


 一見すると冤罪率0%を謳っていた本人が身に覚えのない事件の容疑者にされる、システム的な冤罪事件なんですが、神楽龍平は二重人格者であるために毅然と「冤罪だ。システムのエラーだ」と言えないところがポイントでしょうか。

 警察が国家機関である以上、いかに優れたシステムを作り出そうと国益を優先するだろう、みたいなお話でもありました。

2012年7月15日日曜日

「のぼうの城」和田竜 (小学館文庫)



 映画化に先駆けて読んでみました。意外と悪くはないです。
 人はなぜ戦うのか、戦国という時代においても、その理由は人により様々だったでしょう。


 では、なぜのぼう様は戦うことを決めたのか。勝てる見込みもない戦いに身を投じたのか。
 人間にとって一番大事なものとは何なのか。
 そんなことを考えさせてくれる一冊です。
 本格的な歴史小説好きの方には、少し物足りなく感じるところがあるかもしれません。